【2025年最新】ユヴェントスFC 注目選手のプロフィールや経歴を徹底解説

【2025年最新】ユヴェントスFC 注目選手のプロフィールや経歴を徹底解説

2011年シーズンから2019年シーズンまで、セリエAで9連覇を成し遂げたイタリアの名門、ユヴェントスFC

本記事では、サッカー歴27年目・元セミプロサッカー選手の経験もある筆者が、9連覇以来の優勝を目指し躍動する、ユヴェントスFCの魅力を徹底解説します。

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ユヴェントスFCってどんなチーム?

ユヴェントスFCは、イタリア・トリノをホームタウンとする、セリエA加盟クラブです。

白黒の縦縞ユニフォームから「ビアンコ・ネロ」の愛称で親しまれています。

「ユーヴェ」の呼び名で知られ、世界中に熱狂的なファンが多く存在するユヴェントスFC。

ホームスタジアムはイタリアのトリノに位置するアリアンツ・スタジアムで、約41,000人が収容可能です。

スタジアム周辺にはクラブの歴史がわかるミュージアムや、ショッピングモールが併設され、複合施設としても人気があります。

どこの国の何リーグ?イタリアのセリエAに所属

ユヴェントスFCは、イタリアのセリエAに所属しています。

セリエAでは、2011年シーズンから怒涛の9連覇を達成していますが、2019年シーズンを最後にリーグ優勝からは遠ざかっています。

昨シーズンは、18勝16分4敗の戦績で勝ち点70となり、全20クラブのうち4位となりました。

名を馳せた古豪クラブが集まるセリエAでは、SSCナポリ、インテルナツィオナーレ・ミラノ、ACミラン、ASローマ、ACFフィオレンティーナなど、世界的にも有名なクラブがしのぎを削っています。

ユヴェントスFCの歴史と歩み

1897年、マッシモ・ダゼーリオ高等学校の生徒により創設されると、1905年に念願のリーグ戦で初優勝しました。

その後1923年には、イタリアのトリノにある自動車会社フィアット創業者の息子にあたるエドゥアルド・アニェッリ氏がクラブを買い取り、会長に就任。

以降、ユヴェントスFCはセリエAリーグ最多優勝数を誇るなど、イタリア屈指の強豪クラブとして君臨しています。

過去に獲得しているタイトル一覧

ユヴェントスFCがクラブ創設から、これまで獲得してきたタイトル一覧をご紹介します。

  • セリエA:36回(1905年・1925年・1930年・1931年・1932年・1933年・1934年・1949年・1951年・1957年・1959年・1960年・1966年・1971年・1972年・1974年・1976年・1977年・1980年・1981年・1983年・1985年・1994年・1996年・1997年・2001年・2002年・2011年・2012年・2013年・2014年・2015年・2016年・2017年・2018年・2019年)
  • コッパ・イタリア:15回(1937年・1941年・1958年・1959年・1964年・1978年・1982年・1989年・1994年・2014年・2015年・2016年・2017年・2020年・2023年)
  • スーペルコッパ・イタリアーナ:9回(1995年・1997年・2002年・2003年・2012年・2013年・2015年・2018年・2020年)
  • UEFAチャンピオンズリーグ:2回(1984年・1995年)
  • UEFAカップ:3回(1976年・1989年・1992年)
  • UEFAカップウィナーズカップ:1回(1983年)
  • UEFAスーパーカップ:2回(1984年・1996年)
  • インターコンチネンタルカップ:2回(1985年・1996年)
  • UEFAインタートトカップ:1回(1999年)

ユヴェントスFCはセリエA最多優勝に加え、2011年シーズンからリーグ戦9連覇達成など、イタリア国内で大きな成功を収めています。

クラブの歴史を彩った歴代レジェンド

ユヴェントスFCのクラブ創設以降、輝かしい歴史を築き上げてきた歴代レジェンドたちを以下にご紹介します。

ジャンルイジ・ブッフォン(元イタリア代表)

2001年シーズンにパルマ・カルチョ1913より移籍入団しました。

2018年シーズンはフランス・リーグアンに所属するパリ・サンジェルマンFCでプレーし、翌シーズンに復帰しました。

その後、2019年から2021年シーズンまでプレーし、再びパルマ・カルチョ1913へ移籍。

彼のセリエA通算657試合出場は、現在も最多記録になります。

2003年にUEFA年間最優秀選手賞の受賞や、2006年にFIFAワールドカップ優勝など、世界ナンバーワンGKの呼び声高い選手でした。

現役引退後の現在は、イタリア代表のヘッド・オブ・デリゲーション(代表団長)を務めています。

アレッサンドロ・デル・ピエロ(元イタリア代表)

1993年シーズン、カルチョ・パドヴァより移籍入団。

2012年シーズンに、オーストラリアのシドニーFCに移籍するまで、ユヴェントスFCでプレーしました。

ユヴェントスFCの背番号10番を背負い、卓越したテクニックでサポーターの心を掴み、クラブのレジェンド選手へ。

ファンタジスタの名で親しまれた名将は、指導者としてのキャリアを歩むため、UEFAプロライセンスを取得。

アレッサンドロ・デル・ピエロ氏の監督姿を心待ちにしているサポーターは、数多くいることでしょう。

パベル・ネドベド(元チェコ代表)

2001年シーズンにSSラツィオより移籍入団し、2009年シーズンの現役引退まで、ユヴェントスFCでプレー。

無尽蔵のスタミナと地を這うような強烈シュートで、長きにわたりチェコを代表する選手として活躍しました。

2003年シーズンには、世界の年間最優秀選手に贈られるバロンドールを受賞し、スーパースター選手へ。

現役引退後は、ユヴェントスFCの副会長を務めたのち、現在はサウジアラビアのアル・シャバブでスポーツディレクターとして活躍しています。

ユヴェントスFCが2部リーグに降格した理由は?

イタリアサッカー界に激震が走った2006年、ユヴェントスFCは不正審判問題「カルチョポリ事件」への関与を理由に、クラブ史上初となるセリエB(2部リーグ)降格処分を受けました。

クラブ幹部が審判の割り当てに不正介入し、試合の結果そのものではなく、審判団の人選を通じて自チームに有利な環境を作っていたことが処分理由です。

この不祥事により、2004年・2005年シーズンの優勝タイトルは剥奪され、2006年シーズンは勝ち点マイナスからセリエBを戦う前代未聞の処分が下されました。

しかし、そのような逆境の中でもアレッサンドロ・デル・ピエロやジャンルイジ・ブッフォンなど主力選手がクラブに残留し、見事1年でセリエA復帰を果たしたのです。

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