【AB6IX】イ・デフィのプロフィールや魅力を徹底解説!万能アイドルで天才プロデューサー!

イ・デフィ・経歴 Part.1

幼少期~芸能事務所の練習生に

語学も堪能で、韓国語、英語、日本語、スペイン語まで話せるというイ・デフィ。その理由は、幼い頃に日本そしてアメリカに住んでいた経験があるためです。

日本に移り住んだのは8歳のころで、京都と大阪で暮らしていたのだそう。2年ほど日本で暮らした後、デフィはアメリカ・ロサンゼルスに移住し、6年間の学生生活を過ごします。

アメリカで、TWICEやStray Kidsの所属する韓国の大手事務所JYPエンターテインメントのグローバルオーディションを受けて合格。すると、歌手になるという夢のために中学2年生という幼さで単身韓国へ渡りました。

デフィは小学生の時にアメリカで「オバマ大統領賞」を受賞したことがあると話しています。この「オバマ大統領賞」はアメリカの各校で1人だけ選ばれた優秀な生徒に与えられる名誉ある賞。学業の成績はもちろん、出席率や誠実性も評価され受賞はとても難しいと言われています。

デフィは幼いころから秀才でもありましたが、歌手になるという夢のために、アメリカでの全てを捨てて韓国へ渡ったといいます。

その後、数年間をJYPで練習生として過ごした後、現在の事務所「BRANDNEW MUSIC」へ移籍します。

「PRODUCE 101 season2」でセンターに抜擢


イ・デフィは「BRANDNEW MUSIC」への移籍後、同じ事務所の練習生たちとともに「PRODUCE 101 season2」に出演しました。「PRODUCE 101」シリーズは、101人の参加者の中から視聴者投票によってデビューメンバーを決定する韓国の人気サバイバルオーディション番組です

先にもご紹介した通り、デフィは「レベル分けテスト」に自作曲で挑んで音楽の才能を披露し、練習生やトレーナーの先生たちを驚かせました。

そして、番組のシグナルソング「나야 나 (PICK ME)」でセンターを務めることになります。

安定したボーカルとダンスの実力を持ち、爽やかな魅力と明るく温厚な性格で練習生たちから厚い信頼を得ていたデフィ。シグナルソングのセンターは練習生達が自分たちの中から決定するため、デフィが番組の中でいかに実力を認められていたかがよくわかります。

デフィは練習生やトレーナーの先生たちからも「最初から芸能人のような雰囲気があった」「ボーイズグループに必ず必要な存在だと思う」と常に高い評価を受けていました。

ただ、シグナルソングのセンターという大役を任され、番組内でも目立った存在だったためネット上などでは批判的な意見が上がることも。そういった声を目にしたデフィは、一時は自信を無くしかける姿を見せたこともありました。

そんなとき、BLACKPINKの人気曲「불장난(PLAYING WITH FIRE)」を課題曲として披露するステージに挑戦。デフィの中性的な魅力がよく似合っていて、自信を取り戻した様子が視聴者に強い印象を残しました

番組内では、一度もデビュー圏外の順位に落ちることが無く、安定した実力を見せ最終順位3位で見事デビューの座を勝ち取りました。

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